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福岡高等裁判所 昭和30年(ツ)17号 判決

上告人 都 太手藏

被上告人 国

訴訟代理人 川本権祐

主文

原判決を破棄する。

本件控訴を棄却する。

控訴及び上告の費用は上告人の負担とする。

理由

本件上告理由は末尾に添付する上告理由書に記載するとおりである。

職権を以て調査するに、原判決は、上告人の本訴請求は検察官の本件不起訴処分が違法であることを前提とするものであつて、不起訴処分の当否は民事訴訟又は行政訴訟によつてこれを争うことができないから、本訴請求は裁判権に属しない事項を目的とするものであるとして、右請求を棄却した第一審判決を取消して本訴を却下したのである。しかし原判決に引用する第一審判決事実摘示によれば、上告人の本訴請求は、上告人の告発に係る選挙違反被疑事件に関し所轄駐在巡査及び検察官が告発書の送付又は事件の取調を怠り、証明充分であるのに不起訴処分に付し、よつて公訴の時効が完成し所轄検察審査会に対する上告人の審査申立も却下され、右選挙によつて町長に当選した被告発人を罷免することができないことになつたため、上告人は右駐在巡査及び検察官の職務かい怠により憲法第一五条に定められた公務員を罷免する権利を侵害され精神上の損害を蒙つたから、国家賠償法の規定に基き被上告人国に対し慰籍料の支払を求めるというのである。すなわち本訴請求は国の公権力の行使に当る公務員がその職務を行うについて過失により上告人に加えた損害の賠償を求めるものであるから、司法裁判所が該請求について裁判権を有すること明らかである。たとい本訴請求が原判決説示のとおり本件不起訴処分の違法を前提とするものであつても、それはただ前提問題たるにとどまり、本訴は不起訴処分の取消変更又は該処分の効力の存否の確定を求めるものではないから、本訴を以て裁判権に服しない事項を目的とするものといい得ないことは多言をまたない。従つて原判決が本訴を不適法として却下したのは法令の解釈を誤つたものであつて破棄を免れない。

次に、民事訴訟法第三九六条、第三八八条、第四〇七条、第四〇八条の各規定によれば、上告審が訴を不適法として却下した原判決を破棄する場合には事件を原審に差戻すことを要し、自判の余地は全くないように解せられないでもないが、そのような解釈は正当でない。元来訴を不適法として却下した原判決を破棄又は取消す場合には、審級の利益を害しないため原審をして更に本案の審理をさせる必要があるのが通例であつて、同法第三八八条はこのような場合に着目して事件を原審に差戻すことを要するものと定めたのである。又職権調査事項その他特定の事項を除き自ら事実の審理をなし得ない上告審としては、事件につき自ら裁判をするには原審の確定した事実に依拠する外はないのが普通であつて同法第四〇八条第一号はこの場合に着眼して、事件が原審の確定した事実に基き裁判をなすに熟するときは上告審において自判をなし得るものと定めたのである。すなわちこれらの規定は、原審をして更に事実を審理確定せしめる必要のない場合にも、なおかつ事件を原審に差戻すことを要する趣旨とは解せられない。それ故、上告審が訴を不適法として却下した原判決を破棄する場合において、原告の請求がその主張自体からみて理由がないときは、すでに事実審において一応本案の弁論を経ている限り、原審をして本案につき事実を審理確定せしめる必要なく又審級の利益を顧慮する必要もないから、同法第四〇八条第一号の規定を類推して上告審は原告の主張自体に基き事件について自ら判決をなし得るものと解するを相当とする。

なおこの場合、訴を不適法として却下した原判決に対する原告の上告に基き、上告審が原告の請求を棄却した第一審判決を相当と認め原告の控訴を棄却しても、不利益変更禁止の原則に反するものとはいえない。なぜならば、もし上告審が原判決を破棄して事件を原審に差戻した場合には、原審は被告より控訴又は附帯控訴の申立がなくとも原告の控訴を棄却し右第一審判決を維持することができることは明らかであつて、上告審が自判をするのは差戻による無用の迂路を排し控訴審の立場でこれをするものであるからである。

そこで当裁判所は叙上の見解に基き更に本訴請求について判断するに、原審口頭弁論を経た上告人の本訴請求に関する主張はすでに述べたとおりであつて、これを要約すれば、上告人の告発に係る選挙違反被疑事件に関し当該捜査官憲の職務かい怠によつて公訴の時効が完成し、右選挙によつて町長に当選した被告発人を罷免することができないことになつたため、上告人は憲法に定められた公務員を罷免する権利を侵害され精神上の損害を蒙つたというのである。しかし犯罪告発の制度は私人をして犯罪捜査に協力させるために定められたものであつて公務員を罷免するためのものではなく、公務員を罷免する方法は法律上他に定められているのであるから、告発した事件につき捜査官憲の職務かい怠によつて公訴の時効が完成し刑事訴追が不能となつても、告発人の公務員を罷免する憲法上の権利が侵害されたものとは認められない。従つて上告人の本訴請求はその主張自体に徴し理由がないこと明らかであつて、その請求を棄却した第一審判決は相当であるから上告人の本件控訴は理由がない。

よつて民事訴訟法第四〇八条第一号、第三八四条、第九六条、第八九条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 竹下利之右衛門 小西信三 岩永金次郎)

上告理由書

第一点 原判決は審理不尽判断遺脱の違法あるものとす。

当事者が証拠の成立に付き争なく、只証拠の証明力に付き争を存するものなるときは、裁判所は此争点事実に付き審理判断せざるべからざるものとす。

原判決は玉来町長選挙民を買収したることを昭和二十八年五月二十六日告発したるものなり。上告人は本件に付き第一審に於て甲第一号証より甲第三十六号証迄提出したるものなるに、裁判官は第一、四、十二、十八号乃至三十六号証提出したるに被控訴人は甲第七号証の成立を認めた。凡そ或法律行為の存在に付争うは、基本的存在を争う場合と法律行為の日時のみを争う場合とあり、若し前者に付きて争あり此点に付き判断を加えたる場合には、後者は親ら解決すべしと雖も、単に後者に付きてのみ判断を加え依て前者に及ばざるは明らかに審理不尽の違法あるものとす。控訴人の提出したる書類及人証が証明力なしと断ずべからず。

被控訴人の提出したる準備書面を控訴人は利益に援用したるに控訴人提出したる証拠書類を何等証明力なしと断ずべからず。之を排斥する以上事実に付き争なき場合に限るものにして、当事者間に争ある以上は該争点に付き審理判断せざるべからざるものとす。原判決は右争点を看過し控訴人の請求を排斥したるものとす。従つて原判決は事実を否定せんとするにあるや、右両者共全部を否定せんとするにあるや、全く不明にして、此点審理を尽さず又理由に於て不備あるものとす。

第二点 原判決は証拠に対する判断を遺脱したる違法あるものとす。

当事者の提出したる証拠は凡て判断の資料に供せざるべからざるものなる故、之を遺脱して判断を為したるときは其の裁判は不法のものなりと謂わざるべからず。

原判決は立証として控訴人は甲第一号証より甲第三十六号証迄提出、控訴人は被控訴人より提出の第一回答弁書、第二回の昭和二十九年七月五日及同年十月八日準備書面の内容中其一部を利益に援用せることは本件記録に徴し明かなり。他の一方に於て利益に援用したるときは援用したる当事者の為にも新なる証拠の提出と同一の訴訟法上の効果を発生すべきものとす。徒つて援用者の為に独立して之が判断の目的となるべきものにして単に提出者の為めに判断したるを以ては足らず。必ずや援用者の為めに判断を加えざるべからざるものとす。然るに原判決茲に出でず此点の証拠判断を遣脱したるは違法なるを免れざるものと思料す。

第三点 原判決は証拠に基かずして事実を認定したる違法あるものとす。

原判決は其の理由として、被控訴人の供述を措信し依て直ちに控訴人の主張を排斥したり。蓋し事実の認定は裁判官が口頭弁論の全趣旨及証拠調の結果を斟酌し自由なる心証により之を判断すべきものなりと雖も、其認定が相当なりや否やは法律問題と云わざるべからず。

昭和二十八年二月二十四日買収其他戸別訪問其他の選挙違反行為の証拠力を覆し、全然存在せざりしものとなすに足る証拠なしと云うことを得ざるものとす。

即ち一定の法律行為の不存在を認定するに足るべき言命なきに拘らず、証拠に基かずして事実を認定したる原判決は破棄せらるべきものと思料す。

以上

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